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大阪高等裁判所 平成元年(ラ)161号 決定 1989年5月31日

抗告人

株式会社関西住宅情報センター

代表者代表取締役

竹尾勝弘

相手方

辻中仁

相手方

辻中義一

主文

原決定を取り消し、本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

理由

1  本件抗告の趣旨と理由は別紙のとおりである。

2  一件記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  昭和五九年二月二〇日、柴崎壽夫所有の原決定添付別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)及びその敷地につき、債務者を柴崎壽夫、抵当権者を日本信販株式会社とする抵当権設定登記が経由されているところ、同年四月一八日松本哲治は、債務者兼所有者である柴崎壽夫から本件建物を、期間は三年、賃料は月五〇〇〇円、賃貸人の承諾を得ないで賃借権譲渡・転貸ができるとの約定で賃借し、同年六月六日賃借権設定仮登記を経由した。

(2)  相手方辻中仁は、二代目健竜会辻寅組相談役などと称しているところ、昭和五九年一〇月二六日松本哲治から本件建物の賃借権の譲渡を受け、同年一二月四日賃借権移転の仮登記を経由したが、その後、本件建物に「辻中仁」の表札のほかに「政治結社新日本青年憂政会」なる看板を掲げ、父親である相手方辻中義一ら家族とともにこれを占有している。

(3)  昭和六〇年三月一三日、本件建物につき、日本信販株式会社から抵当権の実行による競売の申立てがなされ、同月一八日不動産競売開始決定に基づく差押えの登記がなされたが、抗告人は、昭和六三年一一月四日本件建物につき特別売却の方法による買受の申出をし、同月二四日売却許可決定を受けた上、平成元年一月一二日その代金を納付した。

(4)  なお、上記差押登記の後である昭和六〇年五月一七日、本件建物につき相手方辻中義一を権利者とする賃借権移転の仮登記が経由されている。

3  以上の認定事実によれば、相手方辻中仁は、本件建物につき、抵当権設定登記の後、当該抵当権の実行による差押えの効力が生ずる前に設定された民法三九五条所定の短期賃借権の譲渡を受けた者であるが、その短期賃借権の期間は、抵当権実行による差押えの効力が生じた後である昭和六二年四月一八日に満了するものであることが明らかである。

そこで、この期間の満了により上記短期賃貸借が終了したものというべきかについて検討するに、抵当権実行による差押えの効力が生じた後の期間の満了であるから、抵当権者・買受人に対する関係では、借家法二条による法定更新をもって対抗することができず(最高裁判所昭和三八年八月二七日第一小法廷判決・民集一七巻六号八七一頁参照)、その関係では法律上賃貸借は終了したものとして取扱われることになるが、債務者・所有者に対する関係においても同様に解すべきかは一個の問題である。借家法二条の文言のみによれば、形式的には、短期賃貸借についても同条の適用があり、債務者・所有者との関係では法定更新されるものと解すべきであるかのようにみえないわけではない。しかしながら、抵当権の設定された不動産の利用と抵当権者の利益とを妥当に調整しようとする民法三九五条の趣旨に照らせば、抵当権の実行による差押の効力が発生した後に期間の満了する短期賃貸借にあっては、競売申立ての取下げによって差押えの効力が遡及的に消滅する等特段の事情のない限り、賃借権者の保護は、差押後も残存期間内における目的不動産の利用をもって限度とし、それを超えて法定更新による保護までは与えないこととするのが妥当であり、借家法二条もそのように制限して適用すべきものと解するのが相当である。

そうすると、抵当権が実行され、右差押えに基づく売却・買受及び代金納付により目的不動産の所有権がすでに買受人(抗告人)に移転し特段の事情の認められない本件においては、前記賃借権は、債務者・所有者(柴崎壽夫)に対する関係でも、借家法二条による法定更新が認められない結果、残存期間の満了により消滅するにいたったものというべきであるから、相手方辻中仁は、民事執行法一八八条によって準用される同法八三条一項にいう「差押えの効力発生前から権原により占有している者でないと認められる不動産の占有者」に当たるものといわなければならない。

4  相手方辻中義一が相手方辻中仁の父親で、その家族であることは前記のとおりであり、記録によれば明治四四年一二月一〇日生の高齢者であることが認められるけれども、前記のように、本件差押登記の後に本件建物につき相手方辻中義一を権利者とする賃借権移転の仮登記がなされている点などからすれば、相手方辻中仁と共同して本件建物を占有する者と認める余地がないわけではなく、そうであれば、同相手方もまた、「差押えの効力発生前から権原により占有している者でないと認められる不動産の占有者」である可能性を否定することはできないというべきである。

5  以上のとおりであるとすると、相手方辻中仁は所有者との関係では占有権原を有し、また、相手方辻中義一は相手方辻中仁の占有補助者にすぎないと即断して、抗告人の相手方両名に対する本件不動産引渡命令の申立てを却下した原決定は違法であるから、これを取り消すこととし、さらに手続及び審理を尽くさせるため本件を大阪地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官栗山忍 裁判官藤原弘道 裁判官中村隆次)

別紙

抗告の趣旨

一 大阪地方裁判所岸和田支部が平成元年二月一三日にした不動産引渡命令申立を却下する旨の決定を取消す。

二 被抗告人両名は抗告人に対し別紙目録記載の建物を引き渡せ

との裁判を求める。

抗告の理由

一 原審は要するに事実誤認、法律の解釈適用を誤っているということにつきる。

以下抗告人の主張の要旨を述べる。

(一) 当事者適格について

原審認定事実よりすれば被抗告人辻中仁は占有権原を有するところから抗告人においてその者を相手方とするは、まとをはずれている。つまり抗告人はその相手方となるべき者を誤っておりここで相手方となるべき者は元の所有者たる柴崎壽夫若しくは最初の賃借人松本哲治であるとも断じているやに解せられる。

なるほど法律上はそうかもしれないが本件建物に対する占有は所有者柴崎壽夫から被抗告人辻中仁に更に辻中義一へと移転している。

原審認定の如く被抗告人辻中仁は法律上保護に値するし、被抗告人辻中義一もしかり、法律上保護さるべきものと形式上はいえる。そうだとすれば原審認定もうなづけないこともない。しかし現実に本件建物を占有しているのは被抗告人辻中義一であるし、被抗告人辻中仁は、かつての登記簿上の占有者たる処から法上の支配を及ぼし、また、現に目的物を占有継続している事実や基本たる賃貸借契約そのものが架空であると考えられる点に鑑みこれがいっきょに妨害排除を求めるため相手方を被告辻中仁、同辻中義一とする当事者確定は抗告人に理由があると思料する。

(二) 事実誤認について

原審は被抗告人辻中義一を占有補助者としていとも簡単に断じているが、同人は順位三番附記二号の権利者として別個独立に順位を保全し独立の人格者として登記簿上に架空なりにも位する点等からすれば同人をやすやすと占有補助者というは判断を誤っている。被抗告人辻中義一は現に本件建物に居住し、不法に占有を続けている一人であるからその点からしても原審認定の如く占有補助者と断ずるは、にわかに受けいれがたく、帰するに事実誤認というべきである。

(三) 原審は被抗告人辻中仁は元の所有者柴崎壽夫との関係においていうなら占有権原があると断ずる。これは原審のまさに判断誤り、事実誤認である。なるほど一見原審認定の如く被抗告人辻中仁は差押当時の所有者との関係では法律上占有権原があるかもしれない。しかしそれは、真実とはいちじるしくかけはなれた法律論ではあるまいか。他面本件解釈適用にあたっての法律論はそうしたものかもしれないが、如何にも具体的真実に反する法理論である。架空の仮登記と十分に疑うにたりるものなのに、それが真実とまで断ずる原審認定はうなづかれるかぎりではない。

くりかえし抗告人が主張しているとおり本件仮登記は執行妨害に出る架空の登記である。それが真実である。ちなみに本件登記簿上にある賃借料月五千円は、当時の相場と抗告人の業務上からみちびかれる算出結果よりすれば月五万円が適正価格で右月五千円はあまりにも安価すぎる。本物件自体いわゆるお徳用の品物でもない。更には申立外松本哲治についてみるに、同人の住所からして松本哲治が現実に本件建物を使用していたとは必ずしも断じることはできない。

なお、被抗告人辻中仁はその人物構成事実からしてこれまた本件建物に最初から居住し、占有を続け現在に至っているものとは断じていえない。反面右辻中仁が本件建物に住んでないという抗告人主張は疏明を了しているとも考える。このような事実を忘れて、被抗告人辻中仁に占有権原があるという原審認定はしょうふくしがたい。

(四) 法律の解釈適用誤りの点について、原審は被抗告人辻中仁は差押え当時の権利関係からしても同人には法律上占有権原があるので抗告人の申立は却下を免れないと解く、しかしながら真実はそうではない。抗告人が疏明しているとおり、被抗告人辻中仁は本件建物には現実には居住していない。これは法律上、事実上正当な賃貸借契約が締結されたものとは言えない証左である。

このような事実を看過して、被抗告人辻中仁につかの間でも法上賃借権ありとやすやすと断ずる原審は、まことに判断を誤ったというべくまた賃貸借契約そのものに対する法律の解釈適用を誤ったもので抗告人としてはこれは受け入れがたい。一件記録により容易によみとれるのは申立外松本哲治が賃借権設定仮登記を了したのはたしかに本件競売開始決定以前ではあるが、この当時から申立外柴崎壽夫はようやくにして支払不能の状態におちいり、日にまし、すいうんの一途をたどり当時は、はなばなしい生活ではなかったのではないかと推論にがたくない。乙区二番抵当権設定は二か月前であるこの頃からたとえ競売になっても建物は他人に渡さない方向に考えがまとまり今日に至るまで執行妨害を続行してきた事実が現に存する。

また被抗告人辻中仁は、

「わしが今までずっともりをしてきた。」

「組がずっともりをしてきた」等と本件担当者松岡一彦に申し向けている事実。

特筆すべきは被抗告人らのとはいえ、その手段方法として、自己は金殿ぎょくろうに住み万一に備えて、老人、子供を目的物件に住まわせ執行に際して、その情を知らない世人をして、同情をいたく、かわせる方途をこうずる類である。

本件もまさにそのじょうとう手段にあたるというべきであるのにこの事実を看過してまで、抗告人の申立をいっきょにしりぞけるは、正しい法律の解釈、適用とはいえない。

当初から執行妨害を企くし現に妨害の途に出る被抗告人辻中仁のこの事実を看過し、被抗告人辻中仁の占有権原を認める、それも有効とまで断ずる原審判断は以上の事実関係に照らすとあまりにも真相にそぐはない、形式論に則る法判断である。被抗告人辻中仁が順位三番附記一号で賃借権移転仮登記を了したその原因年月は、昭和五九年一〇月二六日で競売開始決定よりわづか五か月のへだたりがあるにすぎない。この当時から前後して申立外松本哲治、被抗告人辻中仁、同辻中義一間で謀議がかわされたのではないかと推定するにがたくない。

あれこれ考えても本件の基礎たる賃借権設定仮登記、否基本たる賃貸借契約そのものが、真正でなく、あれこれの仮登記もこれまた信用できない。甲、乙区欄の登記そのものの動きによっても容易に被抗告人のいとに出るいわゆる執行妨害事実が推定できる。よって抗告の趣旨記載の裁判ありたく、民事執行法八三条一〇条に則りこの執行抗告をする。

目録

和泉市王子町

一一一九番地四一

同番地四二

家屋番号一一一九番四一

一 木造瓦葺二階建居宅一棟

床面積 一階44.95平方メートル

二階36.45平方メートル

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